完結マンガの名作レビュー 第3回:トーマの心臓 萩尾望都

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前回は、強烈なほどのハードボイルド作だったので、今回は少女マンガの名作をレビューしてみることにしました。24年組と呼ばれた少女マンガを革命したマンガ家の中でも一番好きなのが、萩尾望都です。彼女の代表作の一つ、『トーマの心臓』は、ヘルマン・ヘッセの『車輪の下』と比肩しうる名作です。

トーマの死から入る絶妙な導入部

1巻 6ページ 冒頭で最重要人物のトーマが自殺する

「ユリスモールへ さいごに これがぼくの愛 これがぼくの心臓の音 きみにはわかっているはず」これは、ユリスモール・バイハン(ユーリ)宛のトーマ・ヴェルナーからの最後の手紙です。

冒頭で、タイトルにもなっている13歳の少年トーマは陸橋から飛び降り自殺をします。シュロッターベッツ・ギムナジウムルドルフ・ミュラー校長は、陸橋から足を滑らせたといっていますが、トーマが自殺であったことは、ユーリへの遺書からも解ります。

キリスト教の国で、自殺するということは、魂の安息に関わる問題なので、事故という形にしたのだと思います。ユリスモールことユーリ高等部の1年生の委員長で、品行方正を絵に描いたような人物です。

高等部の1年生ということは、14歳になります。ギムナジウムとは、ドイツの大学を目指す子弟の通う、学校のことです。中高一貫教育をしていて、トーマの心臓の舞台は、ギムナジウムと寄宿舎(全寮制のため)を中心に描かれていきます。

ユーリと同部屋のオスカー・ライザーは、ユーリと違って隠れてタバコを吸ったりしているような、優秀だが斜に構えているような生徒です(訪問者の主人公)。オスカーは、トーマの死後、ユーリの様子がおかしいことに気付きます。

この冒頭での謎は、トーマがなぜ死んだのか?ということにつきると思います。トーマは、美しい少年でフロイライン(ドイツ語でお嬢さん)と呼ばれるギムナジウムのアイドルでした。基本的に寄宿舎の場合、同性しかいないのでこうなるのでしょうか?

少年同士の愛というと、共学だった筆者にはピンと来ません。同じ24年組の竹宮恵子の名作『風と木の詩』は、ヤオイシーンが濃厚すぎて読めませんでした。

『トーマの心臓』くらいのさっぱり目の描写じゃないと、異性愛者の筆者にはハードルが高いです。池田理代子の『おにいさまへ・・・』のような百合ものの方が、男にはまだ読みやすいと思います。

1巻 51ページ トーマに瓜二つのエーリクに驚くユーリ

そして、ユーリがトーマの墓の前で、トーマからの最後の手紙を破いていると、トーマそのものの容姿の少年が歩いてくるのが見えました。そして、その少年に向かって「トーマ・ヴェルナーを知っているか?」と問いかけます。

シュロッターベッツ・ギムナジウムに転入してきたばかりのエーリク・フリューリンクには、何のことか解りません。

エーリクは、おとなしかったトーマとは違い、明るく快活な性格の少年です。エーリクは、同じ萩尾作品であるSF作品『11人いる!』のヒロインの両性体フロルと良く似た性格をしています。エーリクは、ユーリから「そのうち君を殺す。今度こそ、しかし確実に」と言われてしまいます。

ユーリの影とエーリクの光

1巻15ページ トーマの遺書に動揺するユーリと同室のオスカー

トーマの心臓の主要登場人物でいうと、ユーリとトーマ、エーリクとオスカーということになります。物語の展開は、ユーリとエーリクを中心に話が進んでいきます。エーリクは、超がつくほどのマザコンで、母親の再婚に反対して、あてつけのようにギムナジウムに転入してきたのです。

エーリクは、同室のヘルベルトが、ユーリに言い負かされている場面を見て、友達と対等に接していないことを見抜きます。そのことをオスカーに告げると、「彼は友人を愛するほんとうのいい委員長だったよ」と答えます。オスカーは、エーリクの鋭い観察眼に瞠目しつつ、ユーリが変わってしまったことを彼に語るのです。

ユーリとオスカーによくない噂が流れると、中等部の舎監部屋の2人部屋からオスカーが、高等部の6人部屋に移り、変わりにエーリクがユーリと同室になります。エーリクは、殺害宣言をした相手と同室になることを嫌がりますが、結局ユーリと同じ舎監室に入ります。

「表向きはりっぱな委員長で、親衛隊のリーベやアーダムなんてきみのことでヘルベルトとケンカするぐらいきみのこと尊敬してんのに、その実ていさいつくろってきみはみんなをごまかしてんじゃないか!」とエーリクはユーリとケンカします。

2巻18ページ うなだれるユーリ

こんなことをエーリクに言われても、ユーリには反論のしようがありません。全部本当のこてだからです。ユーリは部屋を飛び出して、「神さま、神さま 御手はあまりに遠い」とうなだれるのです。このシーンで、実は深刻なほどユーリが追いつめられていることが解ります。

そして、エーリクの母親が交通事故で亡くなったという連絡が入ります。エーリクは、無断でケルンの家に帰宅し、追いかけてきたユーリと共に、学校に帰ることになります。その途中でユーリの実家に泊まることとなります。

ユーリの祖母は、娘とギリシャ系のドイツ人のユーリの父との結婚に反対していたようでした。そのせいで、ユーリの黒髪に拒否反応をしめしています。ユーリの父は、事業に失敗し、その負債を肩代わりした祖母から、ユーリは疎まれていました。

ユーリが品行方正なのは、南方の血を持つ容姿故のコンプレックスが原因となっていました。また、ユーリには1年前のイースター(復活祭)である事件に遭い、そのせいで心を閉ざしています。ユーリの実家に寄る途中で、その事件の首謀者サイフリートと出会うということが、ユーリの内面の影についてほのめかされているのです。

ユーリは、エーリクをはげまし、エーリクは元気を取り戻してギムナジウムに戻ります。ユーリもそんな明るいエーリクにつられて、元の性格に戻ったように笑うようになっていきます。

エーリクは、ケルンからユーリの実家に寄ったこと、その途中でサイフリートに会ったことをオスカーに話ます。エーリクは、オスカーの実の父親がミュラー校長であることを勘付いていました。オスカーは、ミュラーが、本当の父親であることを知っていたのです。

2巻 118ページ トーマの詩を発見してしまうエーリク

エーリクは、図書室の本『ルネッサンスとヒューマニズム』という本の中に、トーマがユーリへの想いを綴った詩を発見します。エーリクは、ユーリに惹かれていることを自覚していきます。

エーリクは、本の詩をトーマが書いたことを知ります。自分と同じ顔の少年がユーリに拒絶されていたことを知ってエーリクは苦悩します。そんなとき、エーリクの母の婚約者であるユーリ・シド・シュヴァルツが、エーリクを引き取りにギムナジウムを訪れます。

ユーリ・シドは、エーリクの母マリエと住む予定だったボーデンの湖畔でエーリクと暮らすつもりだと話ます。エーリクは、信頼を得たい友人がいるので、しばらく学校に残るといい、ユーリ・シドを養父として認めます。そして、エーリクはユーリに告白し、学校に残ることを宣言します。

トーマの死の真相とユーリの救い

小学館文庫 11月のギムナジウム 46ページより

ここで、少し脱線して『11月のギムナジウム』について書いていきます。萩尾望都は、トーマの心臓を執筆する前に、短編として1971年に描かれた作品で、ユーリやトーマ、エーリク、オスカーといったトーマの心臓のキャラクターが登場しています。

11月のギムナジウムでは、エーリクが転校してくるのは同じなのですが、トーマがまだ生きていて、エーリクと双子という設定でした。トーマは、エーリクの母(双子の本当の母親)に会いにいき、雨に激しく打たれたせいで肺炎になってあっけなく死んでしまいます。

そして、エーリクはトーマが自分の双子の兄弟だったことを知り、トーマの家に向かうのです。

ここで、11月のギムナジウムの話を書いたのは、トーマの心臓でのヴェルナー家の描写について書きたかったからです。トーマの心臓は、実は萩尾望都が1974年に連載するよりも前に暖めていた作品で、11月のギムナジウムはキャラクターを借りて別の話として描かれた短編です。

しかし、短編で行くことをほのめかして終わったトーマの実家への来訪は、作品を変えて果たされることとなります。ヴェルナー家の人々は、トーマを失った変わりにエーリクを養子に迎えようとします。

3巻 43ページ ベルンハルトからトーマの思い出を聞くエーリク

しかし、エーリクはユーリ・シドと暮らすことを告げ、その帰路でトーマの父ベルンハルトは、トーマが幼い頃の話をします。

トーマは、ひとりでは生きていけないさびしいものに、神は人をなぜそのように作ったのか?と牧師でもある父に問います。ベルンハルトは、宇宙はめぐり、人もいつか永遠なるものと同化し、高みへと昇るのだと答えます。

ここにトーマの死の最大のヒントがあります。実は冒頭でのトーマが自殺したときにユーリへの詩の内容と、幼いトーマと父親の姿があります。そして、最終巻である3巻の冒頭のトーマの父の回想に繋がっています。プロットの最初からトーマの死の原因が、織り込まれていたことが解るのです。

ベルンハルトは、エーリクにトーマのことを知っておいて欲しかったのでしょう。エーリクは、トーマと本質のところで似ていることを自覚します。


そして、オスカーがバッカス(高学年でお茶会の主催者)に、ユーリがサイフリートと、3人の不良に昨年のイースターでリンチを受けたことを話ます。ユーリが実はオスカーによって監視されていたのでした。

そして、エーリクはその話を偶然に聞いてしまい、ユーリはオスカーが総て知っていたことが解ります。ユーリは図書室に逃げ込み、エーリクは、ユーリから話を聞こうとします。

ユーリが、トーマの愛を受け入れなかったのは「ぼくには翼(資格)がない」からだとエーリクに告げます。エーリクは、「ぼく片羽根きみにあげる・・・。両羽根だっていい。きみにあげる ぼくはいらない」と言います。

そこで、ユーリはトーマがなぜ死んだのか理解します。そして、次のコマでトーマが、「翼・・・あげる、ぼくはいらない」とユーリに手を差し伸べているのです。

3巻 72ページ トーマの真意に気付くユーリ

これは、本当に凄いカットで、トーマのモノローグの前にエーリクが、トーマの死はユーリを生かすためのものであったことを告げるところから、トーマの回想、トーマを本当は愛していたユーリの心理、そこからトーマが苦しんでいるユーリを救うために自殺したという真相が明らかになるのです。

トーマが本当は何があったのかは、知ることはなかったと思います。しかし、ユーリをずっと見ていて、ユーリが変わってしまったこと、人を信じられなくなってしまったことを知り、ユーリを生かすために命を投げ出したのでした。

人は、そこまで深く人を愛せるものなのでしょうか?少なくともトーマは、ユーリのために死に、分身のように似たエーリクがトーマの気持ちをユーリに伝えたのです。

その後、オスカーの父親、ミュラー校長が倒れ、心配したユーリがオスカーを励ましにいきます。オスカーは、ユーリに校長が実父であることを話し、最初から全てを許していたことを告白します。

ユーリは、自分も不幸だと思っていた時期があっても、トーマの愛や、友人によって救われていたことを知ります。ユーリは、実は幸福だったのではないか?と自らに問いかけ、もう一度信仰心を取り戻し、(おそらくは)トーマを弔うために神学校に行き、神父になる決意をします。

そして、エーリクにサイフリートの元に、自ら赴いたことを話し、善の心がトーマへ、悪の心がサイフリートに惹かれていたことを告白します。そして、トーマが、どのようなことがあっても自分を許していたことを告げるのです。

旅立つユーリの元に、エーリクから手渡された『ルネッサンスとヒューマニズム』があり、ユーリは、トーマの詩を読みます。ここでトーマの心臓は完結しています。

練られたプロットと深いテーマ

3巻109ページ

今読んでもトーマの心臓が、とてもよく練られたプロットで作られていることが解ります。序盤から、トーマの死の真相が、単なる恋愛のもつれによるものでないことを示唆することで、作品に奥行きをもたらしています。

トーマが自殺し、ユーリがトーマと決別しようとして、墓の前で遺書を破いた瞬間にエーリクが登場します。エーリクは、トーマの分身のような存在ですが、事情をよく知らないエーリクの視点は、実はこの作品における読者と同じなのです。

つまり、ユーリとトーマ、それにオスカーといった主要人物たちの背景を知ることのないエーリクの視点で序盤~中盤にかけて話を進行させ、2巻でエーリクがユーリに告白してから、展開がユーリを中心としたものに移行していくのです。

エーリクに懺悔するユーリは、神父に告解するようにも見えます。ユーリは、エーリクに対し、トーマの面影を常に見ていたのです。そのエーリクに全てを話し、許され、ユーリは旅立ちます。ここで、作品のテーマである深い愛(透明なもので性もなく実体のない)という冒頭のトーマの詩に全てが込められていることがわかるのです。

フラワーコミック3巻分の中にこれだけ、完璧なプロットと、深いテーマ、優れた画力により、トーマの心臓は、萩尾望都の好きなヘルマン・ヘッセの『車輪の下』に比肩しうるほどの名作となりました。

萩尾望都は、1970年に日本で公開されたジャン・ドラノワのフランス映画、『悲しみの天使』のラストに救済を与えようとして、トーマの心臓を構想したと語っています。そこから、4年の構想と、11月のギムナジウムとポーの一族で、基本構想を練りながら連載するチャンスを伺っていたということになります。

また、11月のギムナジウムの他に『ポーの一族』の6作目『小鳥の巣』、オスカーの過去を描いた『訪問者』、エーリクのその後を描いた『湖畔にてーエーリク十四とその半分の年の夏(ストロベリーフィールズ収録)』などの関連作があります。

1970~80年代の少女マンガには、24年組を中心に深いテーマ性や、完成度の高い作品が数多くありました。女の子は、ませているとよく言いますが、その通りだと思います。

思春期に萩尾望都のマンガに接していたら、同年代の男子がバカに見えるでしょう(笑)。僕もよく生暖かい目で見られていました(しかも結構可愛い女子から)。

あのときにもっと、少女マンガ読んでいたら少しは女心というものが解ったかもしれません。筆者は当時、週刊少年マガジン派でした。今も昔も残念なことばかりしています(大汗)。

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