TO-Y:パンクと日本のメジャーシーン

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完結マンガの名作レビュー、第6回は上條淳士の”TO-Y”です。パンクバンド出身のトーイが、当時のアイドル全盛期の音楽業界を揺さぶっていく話です。80年代の音楽業界に対する強烈なアンチテーゼと、カリスマ的なミュージシャンであるトーイの勇姿は、今読み返してもカッコいいです。

音楽をマンガで表現することの難しさ

1巻45P 主人公トーイ

音楽をマンガで表現することは、とても難しいです。近年では、ハロルド作石の”BECK”や矢沢あいの”NANA”、小玉ユキの『坂道のアポロン』、石塚真一による”BLUE GIANT”がありますが、まだまだ数は少ないです。

これは、音楽という媒体が音を主体にしているからに他なりません。マンガは、基本的に絵で表現し、視覚主体のものなので、音をテーマにするマンガには向いていないジャンルだからです。

前述のBECKによって、確立された絵で魅せる音楽ものという手法は、実はその先駆者として、上條淳士の”TO-Y”が1980年代に描いていました。上條淳士は、歌詞を一切書かずに音楽を表現しました。この手法は、後の音楽マンガに受け継がれていくことになります。

作者はパンクやロックといった音楽をフックにして、カッコいいスターを描きたかったのだと思います。トーイのライバルで親友の哀川陽司(吉川晃司がモデル)がよく言っていたように、ロックのフォーマットが日本に広がっていない中でのギャップが度々出てきます。

1巻63P トーイのライバルで親友の哀川

当時のアイドル文化に対してのアンチテーゼも含まれていて、日本の作られたアイドルというものに対する疑問を投げかける問題作となっています。芸能プロダクションと、ライブハウスに出演するロックやパンクバンドとの溝というものも描いています。

これは、実際に音楽活動をすればするほど、感じるギャップです。日本のライブハウスには、いいバンドがいてもバンド単位でスカウトされることは少なく、ロックやパンクという特殊なフォーマットとして、見られていました。80年代といえば、既に世界中でロックのフォーマットが広がった1960年代から20年以上経過しています。

日本では、ニューミュージックと称して、尾崎豊や、中島みゆきなどの個人名義のアーティストがもてはやされた時代でした。TO-Yが週刊少年サンデーに連載開始された1985年には、個人としてのスターが、本格的な作曲能力を持つシンガー・ソングライターとして活躍する時代でもあったのです。

1990年代以降は、バンドブームのおかげでバンドがデビューしやすくなり、フジロックなどの野外イベントが盛況となりました。しかし、日本に根強く残るプロダクションが、結局はこの流れを止めてしまうのです。

TO-Yは、1980年代という時代の中で音楽のことを描いています。当然ながら、音楽番組も、アイドル中心の時代でした。そこに、バンド上がりの主人公と、ロックを強く指向するアイドル(ライバルの哀川)の2人が、窮屈な芸能界での活動をしていくわけです。

パンクバンドのイメージとアイドル

2巻25P パンクな格好のGASPのメンバー

1巻から登場する主人公、トーイ(藤井冬威)の所属しているバンドは、GASPというパンクバンドです。パンクとは、1970年代にアメリカとイギリスで流行した、産業化したロックに対するアンチテーゼとしてのムーヴメントのことです。

パンクは複雑になり、大衆のものではなくなったロックをシンプルにしたものです。当然、ロックバンドよりも演奏面で技巧的ではありません。代表的なのが、セックス・ピストルズや、ザ・クラッシュ、パティ・スミスなどのミュージシャンです。

日本のパンクシーンも、1970年代の後半には各地でパンクを指向するバンドが増えていました。福岡では、めんたいロックと呼称されるパンクバンドが数多く出始め、インディーズ・ブームの興隆とともに、パンクバンドがムーブメントを起こしていたのが、トーイの連載の始まった1980年代半ばという時代でした。

このように、日本では海外の音楽的ムーヴメントが、5~10年単位で遅れてやってくることが多かったのです。


しかし、1巻からライブハウスに殴りこみをかけるなど、GASPは典型的な過激なパンクバンドとして描かれています。リーダーで、ドラマーの桃や、ベースのイサミ、ギターのショージの格好は典型的なパンクファッションです。ボーカルのトーイは、GASPのメンバーの中でも普通のジーンズに、シャツという格好をしていることが多いです。

ぶっちゃけ、当時のパンクバンドに対するイメージは、反社会的なものでした。セックス・ピストルズの伝説の数々のような過激なイメージが先行し、社会に対するアンチテーゼとしてのパンク・ムーヴメントに対する理解は少なかったのです。

GASPは、このようなパンクのイメージのように過激なバンドとして、まともなライブハウスでは出演できない状態でした。1巻の冒頭のように、健全なライブハウスで演奏するには、殴りこみをして乗っ取るという行為に及んでいるのです。

1巻102P 敏腕マネージャー加藤

そこに、日本のトップアイドル、哀川陽司が居合わせ、トーイと出会います。そこには、カマプロ(ナベプロがモデル?)の敏腕マネージャー、加藤か志子もトーイと出会います。トーイの恋人で、いとこのアイドル森ヶ丘園子(本名小石川日出朗)は、加藤と引き合わせるために、トーイに情報を流していました。

そして、そこにはトーイのファンでメインヒロインの山田二矢(ニヤ)も居合わせていました。ニヤはボーイッシュな少女で、トーイの熱烈なファンです。不思議な魅力があり、トーイもニヤには珍しく関心を持ち(GASPのメンバー談)、メインのヒロインとして物語を動かしていきます。

2巻126P ニヤとヒデロー

ヒデローこと園子は中森明菜がモデルのようで、物語初期は可憐なアイドルのイメージと、本来のきつめの性格の少女の姿をメイクで使い分けていました。

TO-Yで秀逸なのは、主要人物の大半が10代でありながら、スタイリッシュな格好をした大人の雰囲気のあるスターが多いことです。視覚的に説得力を出すためにも、主要人物はカッコ良くなくてはならないのです。

実際には、パンクの世界ではカッコ良さ=いいバンドとはいえませんが、この当時のアイドルというものとパンクやロックといった本来相反する要素を対比させるためにも、キャラクターをカッコ良く見せる必要があったのでしょう。

衝撃のメジャーデビュー

3巻43P 哀川のバックバンドEDGE

結局トーイは、帝王切開というパンクイベントの後、GASPを辞め、スカウトされた加藤を通さずに、哀川のバックバンドEDGEにベーシストとして参加します。2巻から、EDGEでの活動がメインとなっていくのです。

EDGEのメンバーは、ギタリストでスタジオミュージシャンのヒロシ、ドラマーでパンクバンド出身のタツヤ、キーボードで虚弱体質のゼンジです。この3人とトーイと哀川を合わせた5人でライブをやっていきます。

そのツアーの最中、トーイは哀川を挑発するような行動をします。敏腕マネージャーの加藤は、トーイを首にしますが、実はトーイをデビューさせるための方便でした。結果として、カマプロに独立した加藤企画という系列会社を作って、そこにトーイは所属することになるのです。

5巻で園子(ヒデロー)との同棲が、週刊誌にスクープされました。これはトーイをスキャンダルによって注目させるために加藤が仕組んだことでした。しかし、逆に飾らない記者会見がウケて園子の人気は回復し、トーイはますます注目されることになります。

加藤は、かつて同じバンドでやっていた頃の仲間をアメリカから呼び寄せます。その中には、ギタリストでプロデューサーの鮎見(シーナ&ロケッツの鮎川誠がモデル)がいました。

6巻11P トーイと鮎見

鮎見は、初回のセッションでトーイに衝撃を受けます。プロデューサーとして、トーイのアルバムをてがけます。マスター音源を、旧知の仲で哀川のプロデューサーの遠藤に聴かせ、意見を求めます。そこで、目にしたのはバンドとリハーサルで的確に指示する哀川の姿でした。

ミュージシャンとして表現する方法は、色々あります。哀川のように、バンドサウンドをリハーサルの段階から煮詰めて、ライブではその延長線上としてやっていくタイプ。トーイは対照的にインプロビゼーション(即興)による緊張感での中でこそ実力を発揮するタイプです

鮎見は、そこに気付き、武道館でのデビューライブに対して、トーイの真価を発揮させようとします。トーイは、バンドのメンバーに、ぶっつけ本番でライブをすることを提案します。そして、7巻のライブ本番でトーイはその実力を発揮し、伝説的なデビューとなるのです。

7巻142P 伝説の武道館ライブ

友情出演していたゼンジ(EDGEのキーボード)は、哀川のライブと違って緊張感があって楽しくないといっていましたが、それもそのはずで、さながら後期のクリームのようなお互いにケンカ腰のライブだったのではないでしょうか。

これは、各メンバーの様子からよく解るようになっています。特に、サックスとベース(トーイも兼任)のアンが、セリフでケンカだとはっきりいっています(笑)。ここのコマ割で、ニヤのようなファンとトーイを対比して、その様子を描いていますが、どんどんトーイの生み出す緊張感にファンが息を呑んでいくようになっていきます。

大きいコマにトーイとバンドのメンバーを持ってきて、園子や哀川ですら小さめのコマ割りで対比させています。主役はあくまで、トーイであり、ライブこそがトーイが輝く瞬間であることを強く印象付けているのです。

窮屈な芸能界からの引退

9巻187P プロデューサーの遠藤と哀川の会話

この武道館でのライブがきっかけとなり、トーイは一気にスターになります。鮎見とアンは、トーイに刺激を受け、アメリカに帰って新たな音楽を模索するようになります。トーイは、音楽番組にもひっぱりだことなり、破竹の勢いを見せるのですが、ここで日本特有の問題、芸能事務所による囲いこみが出てきます。

アメリカやイギリスでは、アーティストはレコード会社と直接契約します。それに対して、日本のメジャーシーンの場合、なぜか芸能プロダクションとアーティストが契約し、その傘下になることが多いのです。

このシステムは、芸能という日本古来から続く芸事に対する一種の差別意識によるものです。芸能人は、昔から河原者と呼ばれていました。芸術をする人のことを尊敬するというスタンスではなく、商品として意のままに操るというのが、芸能事務所のやり方となっているのです。

トーイを見出した加藤を切り、カマプロが直接担当するようになっていきます。トーイは、加藤企画にいたときと異なり、商品として売り出されることに違和感を感じるようになっていきます。

なんのかんのと、加藤は元ミュージシャンでトーイの理解者でした。加藤から切り離されたトーイは、芸能界のやり方に憤りを感じるようになり、レコード大賞辞退という結果になるのです。

10巻65Pレコ大を辞退するトーイ

トーイは、レコ大を辞退するとき「こんなトコが頂点なんてつまんないね。こっからはじめるよオレ。今度はTO-Yじゃなく藤井冬威としてね」と話して、レコ大のトロフィーを投げるのです。

そして、同じように抜け出してきた哀川と一緒に、GASPの参加しているロックフェスティバルに行き、そこで共演するのです。デビューしてからたったの3ヵ月の出来事でした。

そして、哀川はアメリカに行き、ニヤはブラジルにいる父親のもとに旅立ちます。トーイは、結局日本に残り、加藤と共に日本でライブをするようになります。おそらく加藤をマネージャーにしたライブハウス中心の活動をするようになっているのでしょう。

10巻(最終巻)のニヤからの手紙を読んでいるときに、スケジュール表がびっしりと埋まっていました。ブラジルで笑っているニヤの写真と、手紙を持つトーイのコマで終わります。

週刊少年サンデーで、1985年から1987年まで2年にわたって描かれたトーイの物語はここで完結するのです。単行本は、サンデーコミックで10巻です。1987年にOVAがリリースされ、筆者はアニメだいすき!という番組で観た覚えがあります。またスピンオフマンガとして、ニヤのことを描いた『山田のコト』という作品もあります。

本格的にトーイの話がロックやパンク中心なら、ここからなんらかの展開があったでしょう。しかし、芸能事務所を辞めてから、加藤と共にライブ活動をしている姿は描かれず、ライブスケジュールのみがそれを語っているのです。

日本中にインパクトを最も与えた3ヵ月のメジャー在籍時を中心に描かれた物語がTO-Yであり、そこからの藤井冬威の姿は描かれることはないのです。

作中で、「芸能界じゃテレビから離れれば、いつの間にか忘れ去られる・・・」と哀川が語ってます。音楽面でのトーイの凄さより、インパクトこそが、日本の音楽業界の主流であることを見抜いたセリフだと思えます。

現代では、握手券などの商法でアイドルを売り出したり、未だに成熟した音楽文化を築けていない日本の姿があります。1980年代における、音楽業界の矛盾を如実に物語っているのがTO-Yなのだと思います。

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