羊のうた:濃密な空気とお先真っ暗な展開

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完結マンガの名作レビュー、第4回は冬目景の『羊のうた』です。前回の『トーマの心臓』は、1970年代の作品でしたので、比較的近年のマンガ(2000年頃)を選んでみました。

冬目景作品との出会い

羊のうた1巻100ページ 高城の奇病に罹ったことを告げる一砂と驚く千砂

羊のうた』はコミックバーガーで1996年から連載され、コミックバーズで2002年に完結した作品です。筆者ことtkd69は、2001年から店頭で単行本を購入しました。当時は、5巻までしか販売されていなくて、僕の所有しているコミックスの帯には2002年春の実写映画の公開について記載されています。

近所の本屋の平台に積まれた、コミックスのカバーに釣られて、手に取ったのが最後、一気に5巻まで買ってしまいました。その後、7巻で完結するまで、単行本で購入していました。

コミックバーガーは、元はスコラと講談社が発行していた月刊誌です。そこからスコラが単独で発行元となり、1996年にコミックバーズに改名し、スコラが経営破綻してから、1999年にソニーマガジンズに移籍しました。そして、ソニーが撤退すると、2001年から、今度は幻冬舎が出版元となるのです。

このように、掲載誌であるコミックバーズの出版元がころころ替わる中で連載されていた羊のうたは、筆者にとって始めての冬目景作品でした。今回、同じ作者の『イエスタディをうたって』と迷ったのですが、根暗な性格からか羊のうたにしました(笑)。

序盤からお先真っ暗な展開

1巻21ページ 幼い頃の千砂の写真

主人公、高城一砂(たかしろ かずな)は複雑な家庭事情の他には、普通の高校生でした。友人の木ノ下、友人以上恋人未満の少女、八重樫葉(やえがし よう)と高校生活を満喫していました。実際、木ノ下(イエスタディをうたってにも兄と姉が登場)との軽妙なやりとりを見ている限り、屈託ない性格のどこにでもいそうな少年というキャラクターでした。

美術部で、油絵を描いている八重樫の左手の赤い絵の具(もしくは血)を見て、気分が悪くなった一砂は、幼い頃の夢を見ます。そこには、父の友人である江田夫妻に預けられる前の実家の写真と、和服を着た小さな女の子の写真がありました。その子は姉で千砂といいました。

実家のことを思い出した一砂は、高城の家に帰ってみます。そこで、髪の長い美しい少女と出会います。その少女こそが1歳違いの姉の高城千砂(ちずな)だったのです。千砂から、父親が既に半年前に亡くなっていること、高城の家系が、血そのものを欲する病気を持っていることを聞かされます。

高城家の男子には、発症しにくい病気なので、一砂だけが江田家に預けられたということでした。千砂は、自分も発症しているといいます。

そして、一砂は八重樫の絵のモデルをしているときに、「高城の奇病」に自分も罹患していることを自覚します。高城家に行き、千砂に会い、発症したことを話すと薬を手渡されます。その帰りに、医者の水無瀬(みなせ)と会い、千砂から紹介されます。水無瀬は、医者だった高城志砂(千砂と一砂の父)の教え子です。

1巻202ページ 一砂に血を与える千砂

一砂は、八重樫の喉に噛み付いている夢を見て、八重樫を遠ざけようとします。そして、発症し苦しんでいる一砂に千砂は、腕を切って血を与え「あきらめて・・・、こっちに来なさい、こっちに来て・・・」と言います。

一砂は、千砂の血を飲みます。ここからどんどん暗い展開になっていきます。八重樫に、病気のことを知られた一砂は、段々と症状が酷くなっていきます。八重樫の前で倒れた一砂は、水無瀬の病院に運ばれます。一般には、精神科にでも行かない限りは、身体的なことで高城の病気が知られることはありません。

江田夫婦に、一砂の症状について聞かれた八重樫は、病気のことを伏せたまま、体調の問題だといいます。病室から八重樫が帰ろうとすると、丁度千砂が病室に入ってきて、高城の家で暮らすことを告げるのです。

姉弟で暮らし始めて、千砂が父の志砂に殺されかけたことを話ます。父親の精神は、かなり蝕まれており、自殺する前に千砂を道連れにしようとしたのです。正直、めちゃくちゃ重い話です。

その後、一砂は誰もいない時間帯に江田家に荷物を取りにいきます。しかし、母親代わりの夏子が居て、高城の奇病にかかっていることを話せない一砂は、「心にもない事を言う術を子供の頃から覚えた。おばさん達だってそうだ。お互いに気を遣いあって、俺達まるで、家族ごっこをしてるみたいだ」と言ってしまいます。

3巻163ページ この一番下のコマとセリフが涙腺崩壊させるほど強烈だった・・・

夏子は、初めて一砂を叩きます。一砂は、別れを告げるとそのまま家を出て行ってしまいました。「半分嘘で、半分本当です。でもそれは、一生言うつもりなんかなかった」と心の中で詫びながら。

ここが丁度、3巻の終盤のシーンです。こんなん泣くわ、ホンマにやばいって!お先真っ暗な展開にドン引きするくらいでした。

千砂の血を拒否し、そのまま死のうとする一砂に対して、千砂は「私のこと・・・。少しでも好きなら飲んで」といいます。千砂はその時、一砂に対して一錠で死ねる劇薬を渡します。

濃密な空気と薄幸の少女

6巻131ページ 発作により心臓が弱っていく千砂

冬目景は、和服の少女と日本家屋を描きたかったと、7巻のインタビューで書いています。和服の少女とは、高城千砂のことであり、日本家屋とは、高城家のことです。派手な吸血鬼ものにしていたら、作品の濃密なまでの美しい雰囲気を壊すことになるので、奇病に苦しめられる姉弟の話にしたのは正解だったと思います。

羊のうたの見所は、不幸の中だからこそ輝く禁じられた愛でしょう。ヒロインの千砂は、父親を愛し、父も娘を愛しました。体が元々弱い千砂の死期が近づくと、先に父親の方が自殺してしまいます。禁じられた愛の代償として、精神の方が持たなかったのかもしれません。


そんな失意の千砂にとって、救いとなったのが、父親によく似た弟の一砂です。姉としてではなく、女として一砂を愛するようになります。お互いに、13年もの間、一緒に暮らしていない2人が、行き着いたのは禁じられた恋でした。おまけに、高城の奇病のせいで、お先真っ暗ということまで共通しています。

ただ、一砂の方は弟であり、庇護される立場として、血を与えてもらっています。一方で、千砂は発作が起きても一砂から血をもらうことを拒否し、寿命が縮まることを覚悟の上で、危険な薬剤で発作を抑えるのです。

父親から与えてもらっていた血を、一砂から受け取るのは、同一視していることとなり、千砂にとってはそれは禁忌に繋がるものでした。というのも、母親の身代わりにされたことを千砂は感じており、そのギャップのせいで父と娘は苦しんだからです。

その一方で、幼い頃から千砂のことが好きな水無瀬は、高城の家の人間でないことから、外にいることしかできないもどかしさの中にいます。5巻で、千砂が一砂の血を拒否し、倒れたときには旧高城病院で療養させようとしました。これは、千砂のために医者になり、意地でも寿命を延ばそうとしたのだと思います。

5巻48ページ 八重樫さんと水無瀬

千砂の水無瀬との関係と、一砂と八重樫に対する関係は、似ているようで異なっています。千砂は水無瀬に対して、義理の兄のような思慕はありますが、恋愛感情はありません。また、八重樫の恋は、1話の段階から半分以上成就しています。一砂の身に変化がなければ、おそらくそのまま恋人同士になっていたのですから。

しかし、千砂は高城の家に戻り、一砂の元にいることを望みます。死期を悟った薄幸の少女の美しさ故、禁断の愛というカテゴリーなのに、肉体的な背徳感がありません。

そして千砂は、一砂に自分が死んだ後、一砂が普通に暮らすことを望み、あれだけ隔離したがっていた序盤とは違って、学校に行かせようとします。人は、本当に愛すると自分のことよりも、相手の幸せを望みます。

千砂は、今まで友達を作らなかったのと対照的に、佐崎という友人を作ります。これは、死期を悟り、全てを受け入れることが出来たからこその変化なのだと思います。一砂に、木ノ下という親友がいたことと同じで、友人が救いになっているのです。

最終回の救いと1年分の空白

7巻189ページ 美しい死の手前のカット

ぶっちゃけ、3巻の時点で、「一錠で確実に死ねる劇薬」を一砂が持っていることから、嫌な予感はしていました。いよいよ千砂の死期が近付き、最後に命がけで一砂を愛したことを告げる千砂に、自分の愛を証明するために、自分も死ぬと一砂は言います。

そんな一砂に対して、生きるように千砂は諭すのですが、一砂は病気が良くなっていないことを明かし、一緒に死ぬことを選ぶのです。7巻の最終回の手前の見開きページでは、真っ白なふとんの上で静かに眠る千砂と、薬を飲んで倒れている一砂の姿がありました。

この美しい死の場面こそが、作者の描きたかったシーンなのだと思います。しかし、このままだとあまりに救いがありません。

季節は冬から春に移り変わり、2年生に進級した八重樫と木ノ下の姿があります。八重樫が見舞いに行った病室には、一砂の姿がありました。一命をとりとめ、一年分の記憶を無くしていたのです。そのため、千砂のことも、高城家のことも覚えていない状態です。

一砂は、結局違う学校に、編入されることとなり、江田夫婦の元に正式に養子になるということでした。最後は、八重樫と共に一砂が歩く場面で終わっています。

一年分の記憶と高城の病気を千砂が連れていき、本来の一砂の生きる道に戻ったというラストになりました。あのまま、一砂が死んでしまっていたら、八重樫も江田夫婦も救われていないまま終わります。最後に救いを与えたかったからこそ、空白の1年という形で終わったのだと思います。

7巻241ページ 最後の救いによって微笑む八重樫さん

過激な描写に頼ることなく、吸血鬼ではなく「高城の奇病」として血を吸う行為を描いたおかげで、ホラーものとは違った空気感を出すことに成功しています。萩尾望都の『ポーの一族』のような吸血鬼ものの名作とは異なるアプローチで、和風の日本家屋と、その一族の末裔の悲哀を描いています。

冬目景は、美大に在籍していたこともあり、油絵なども描いていたようです(7巻あとがき参照)。同じ大学で、『無限の住人』、『波よ聞いてくれ』の沙村広明が漫研に後輩として在籍していたようです。表紙のイラストが、『黒鉄』などでも油絵風なのは、美大で美術を学んでいた影響でしょう。

同じ冬目作品の『イエスタディをうたって』は、1998年のビジネスジャンプで連載が始まってから、連載終了の2015年まで18年かかるという長期連載となっています(休載が多かったのも一因)。そのため、冬目景は、描くペースがあまり早くないマンガ家のイメージがあります。

また、同時期に連載していたイエスタディをうたってに、木ノ下兄弟が登場するなど、コメディタッチで明るめな作品ながら、羊のうたの世界とリンクしています。陰が羊のうたなら、陽がイエスタディをうたってといったところでしょうか。

2000年代の漫画の特徴として、1994年から刊行された『月刊エース』や、『コミックバーズ』などの新参のマンガ雑誌によって、新しい感覚のマンガ家が台頭するきっかけを作ったといえます。

冬目景は、その旗手の1人であり、独自の世界観を持つ稀有なマンガ家です。今後の活躍に1ファンとして期待しています。

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