Dave Glohlというと、真っ先に思いつくのが、伝説のバンドであるニルヴァーナのドラマーということです。次にフー・ファイターズのフロントマンとしての姿です。デイブの音楽活動は長く、多彩なキャリアのヒントは、初期の活動にあります。
■NIRVANAでつかんだ栄光
デイブ・グロールのバンド活動は13歳にまで、遡ります。当初はギターを担当していたようですが、ドラマーとしても活動するようになります。ハイスクール時代の地方バンド時代には、ギターを再び担当していました。17歳でハイスクールを中退し、1986年にスクリームにドラマーとして加入します。
スクリームは1990年に解散し、メルヴィンズのバズ・オズボーンの紹介で、ニルヴァーナに加入することになります。そして、ニルヴァーナは、セカンドアルバムの”Nevermind“で大ヒットし、グランジの旗手として活躍することになるのです。
デイブのドラムは、ニルヴァーナにサウンドの厚みをもたらしました。ファーストアルバムの”Bleach“のドラマー、チャド・チャニングのプレイはカート・コバーンにとっては不満だったようです。ニルヴァーナは、デイブの加入の際、オーディションを行い、デイブは正式なメンバーとなりました。
デイブのドラムは、ドラムマシーンと言われるほど、激しいものでしたが、ニルヴァーナの代表曲”Smelles Like Teen Spirit“でも解るとおり、静から動への抑揚の効いたプレイもこなせられる力量がありました。
3ピースバンドのドラマーは、基本的に真ん中に座ることになります。バンドにとってのフロントマン、カート・コバーンよりも中央にドラムが位置していることになるのです。ベースのクリス・ノヴォセリックとカートが並んで立ち、中央にデイブが自由自在にドラムを叩いているのが、ニルヴァーナのイメージとして残っています。
デイブの激しいパフォーマンスが、バンドの人気に及ぼした影響は多大です。テレビ番組サタデー・ナイト・ライブに出演したニルヴァーナの映像を見たことがあります。
カートが、ストラト(破壊用のフェンダージャパン製ギター)で暴れまくって、デイブは危うく物をぶつけられそうになりました。サードアルバム、”In Utero“のツアーでは、カバーイラストの天使の模型を発砲スチロールで作って粉々にするなど、ライブでもやりたい放題やってました。
イン・ユーテロのツアーに、セカンドギタリストとしてパット・スメアが参加しています。パットは、後にフー・ファイターズにも参加するので、デイブとの付き合いは長くなります。
余談ですが、イン・ユーテロのCDの盤面にデイブが女装させられた写真がプリントされています(笑)。デイブ・グロールは、気難しかったカートと違い茶目っ気のあるフレンドリーな性格なので、人に好かれるタイプです。
■Foo Fightersでの活躍
イン・ユーテロがリリースされた翌年の1994年、カート・コバーンが自殺します。ニルヴァーナは、これからという時にバンドの中心人物を失い、解散してしまいます。
デイブは、それまでに暖めていた曲を形にするために、再びギターを取ります。そして、ほとんど1人で15曲のデモを録り、Foo Fightersというバンドを結成することになります。
デイブは、ギター・ボーカルになり、バンドのフロントマンとして活動することを選びます。ニルヴァーナ時代からの付き合いのあったパット・スメアがセカンドギタリストとして参加し、ネイト・メンデルがベース、ウィリアム・ゴールドスミスがドラムとして招聘されました。
ファーストアルバム、フー・ファイターズは1995年にリリースされ、バンドはロックファンに支持されます。1997年に発表されたセカンドアルバム”The Colour and Shape“で人気を確立しますが、ウィリアム・ゴールドスミスとパット・スメアが脱退し、バンドはメンバーを探します。
そんな中、アラニス・モリセットのドラマーだったテイラー・ホーキンズがフー・ファイターズに参加します。テイラー・ホーキンズは、デイブも一目置くほどのドラマーでベースのネイト・メンデルとともにバンドのリズムを支えます。
テイラーのドラミングは、デイブ並みに激しいもので、アラニス・モリセットのツアーでも格段に目立っていました(上半身裸でドラム叩いていたため)。テイラーは、フー・ファイターズのような激しいバンドにこそ、似合うドラマーです。
しばらく3ピースで活動を続け、1999年にサードアルバム”There is Nothing Left to Lose“を発売し、その翌年にグラミー賞を受賞します。名実ともにロックの代表的なバンドになったフー・ファイターズは、さらにツアーを充実させるため、新たなメンバーであるギターのクリス・シフレットを加えます。
フー・ファイタースのメンバー構成(基本的な4ピースバンド)としては、ここで確立します。ボーカル・ギターに、デイブ・グロール、ベースにネイト・メンデル、ドラムにテイラー・ホーキンズ、セカンドギタリストにクリス・シフレットは、今も不動のメンバーです。
デイブのギタープレイは、意外とオーソドックスで、カートのような変わったリフプレイよりコードカッティングやアルペジオ、5度コード中心のボトムリフなど、ロックのストレートなギターだといえます。
どこが特異なのかというと、独特のメロディラインです。デイブの書く曲は、デイブにしかないグランジ以降の現代的なメロディラインがあり、そこを中心にバッキングを構成していくような気がします。へビィな曲では、シャウト調でポップな曲では少しおしゃれな感じになります。
ニルヴァーナのカート・コバーンは、ネヴァーマインドで、メジャー寄りの作風にしたことを後悔していましたが、デイブはメジャーのシーンでもやっていけるキャラクターだと思います。
■QOTSAとThem Crooked Vultures
デイブ・グロールという人は、ドラム大好きなプレイヤーです。フー・ファイターズでも度々ドラムを叩いています。2002年に発表されたサードアルバムに参加し、その後のツアーにも同行したQueens of The Stone Ageでは、 何度もドラムを叩いています。
このQOTSAのギター・ボーカル、ジョシュ・オムとの絆が後のスーパーバンド結成のきっかけとなるのです。このバンドでフジロックに出演していたときの嬉しそうにドラムを叩いてる姿が忘れられません。
ジョシュ・オムのプレイは、デイブとは対照的にギターリフ中心のもので、デイブが好むタイプのギタリストです。
2005年のフー・ファイターズの5枚目の2枚組みのアルバム、”In Your Honor“で、元レッド・ツェッペリンのベーシストでマルチプレイヤーのジョン・ポール・ジョーンズがスタジオに来ました。
デイブは、子供の頃からの憧れのスターとセッションできる機会に興奮し、すまなさそうにドラムのテイラーと代わってドラムを叩きたいといいます。テイラーは笑って、デイブと交代しました(めちゃ大人の対応や!)。
ジョン・ポール・ジョーンズは、子供ほど年齢の離れたデイブとのセッションを楽しみ、これがきっかけで2009年にスーパーバンド、Them Croocked Vulturesが誕生します。
休止状態だったQOTSAのジョシュ・オムとデイブ・グロール、そしてジョン・ポール・ジョーンズの伝説的なプレイヤー3人が組んだバンドは、注目の的でした。
セルフタイトルのファーストアルバムも、名盤とまではいきませんが佳作でしたし、なによりライブのパフォーマンスが評価されていました。デイブ・グロールは、ドラマーとしても活躍し続けているのです。
■デイブ・グロールの使用機材
デイブ・グロールのギターといえば、ギブソンのDG-335です。ES-335の片側ペグ(ノンリバースのファイヤーバードのヘッド)ヘッドバージョンで、ペルハムブルーのカラーが印象的です。
アンプは、メサ・ブギーのレクチファイアー ロード・キングもしくは、ローン・スターです。クリーンには、フェンダー トーンマスターを、他にはハイワットも愛用しているようです。
エフェクターは、プロコ RATや、ボスのDD-3、MXR フェイズ90など、オーソドックスな構成のボードです。
デイブは、今もフー・ファイターズとして活動を続け、2017年には通算9枚目のアルバム、”Concrete and Gold“を発表し、健在ぶりをアピールしました。
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