Keith Moon:The Whoの暴れん坊!

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前回で、デイブ・グロールのことを書いたので、今回は強烈なインパクトを残したドラマーについて書いていきます。クリームのジンジャー・ベイカーや、レッド・ツェッペリンのジョン・ボーナム、ビートルズのリンゴ・スターなど6~70年代の名ドラマーは数多くいますが、キャラクターの濃さは、The WhoのKeith Moonが抜き出ているでしょう。

ドラムとベースが目立つThe Who

今と違って、PA機器が充分に発達していなかった時代、パワーのあるドラマーが必要でした。ピート・タウンゼントのマーシャルのスタックアンプは、キース・ムーンのドラムのパワーや、ベースのジョン・エントウィッスルのベースアンプの音量に対抗するためのものでした。

ザ・フーは、ドラムのフィルインがやたら多く、ベースがリード楽器のようによく動くので、音楽面でドラムとベースが非常に目立つバンドでした。

ステージでは、The Ox(雄牛)と呼ばれるほど、直立不動でベースを弾き続けたジョン・エントウィッスルと、キース・ムーンの暴れまわるようなパフォーマンスは対照的でした。

キース・ムーンの軌跡

キース・ムーンは、1946年にロンドンで生まれました。16歳のころにドラムセットを購入し、本格的に音楽活動を始めます。ザ・フーに加入したのは、1964年のことです。

キースは、ザ・フーのライブを観にいっていました。キースの友人が、ザ・フーに「俺の連れの方がうまい」と話かけ、キースがドラムを叩きます。ドラムキットを破壊する程の激しいキースのプレイを見たジョン・エントウィッスルが気に入ったという逸話が残っています(マジか!)。

晴れて、ザ・フーのメンバーになったキースですが、バンド内には空中分解しかねない問題がありました。ドラッグを巡ってキースがボーカルのロジャー・ダルトリーと喧嘩したり(結果はキースがノックアウトされた)、ロジャーとピートのバンドの主導権を巡った対立があったりしていました。

しかし、バンドはシングル曲の、”My Generation”のヒットなどで徐々に軌道に乗り始めます。1966年に、キースはジェフ・ベックに呼ばれてセッションに参加します。

このセッションには、ジミー・ペイジやジョン・ポール・ジョーンズ、ニッキー・ホプキンスも参加していました。レッド・ツェッペリンのバンド名は、実はこのときキースの発言によって生まれました。結局、このメンバーでバンドが組まれることはなく、ニューヤードバーズから改名したレッド・ツェッペリンが誕生するのは2年後の1968年になります。

ザ・フーは、アメリカでも人気が出てきたので、1967年のモンタレー・ポップ・フェスティバルに出演します。ジミ・ヘンドリックスと出演順で揉めた後、キースはドラムキットを丸ごと破壊するパフォーマンスをします。

その後にジミヘンが、あの伝説となるギターを燃やすパフォーマンスをします。いったい何を争ってるんだか解りませんが、それだけライバル意識が強かったのでしょう(笑)。


キース・ムーンは、奇行で有名でした。パーティを開いては、全裸で暴れまわって物を破壊しまくったあげく、クルマでプールに突っ込んだりしていました。ローリング・ストーンズのミック・ジャガーが、パーティでキース・ムーンの姿を見かけると、そそくさと退散した話が残っています。

カリフォルニアに住むようになると、隣家の名優スティーブ・マックイーンの妻ニール・アダムスに横恋慕し、自宅から度々覗いたり家宅侵入を繰り返していました。スティーブ・マックイーンの家に乗り込むため、バイクのジャンプ台を作るなど、常軌を逸したエピソードが残っています。

極めつけは、1967年のテレビ番組出演中のエピソードです。キースは、バスドラムに閃光粉をしかけ、分量オーバーのため大爆発しました。ピート・タウンゼントは難聴に悩ませれるようになり、ロジャー・ダルトリーの鼓膜は破れ、出番待ちをしていた女優のベティ・デイヴィスも気絶し、キース自身も大怪我します。

このように、数々の蛮行で知られるキース・ムーンでしたが、ライブではスティックを放り投げ、空中でキャッチしたり、茶目っ気のある振る舞いなどで人気がありました。

バンドの成長とキースの死

1969年に、ザ・フーとしてだけでなくロック史に残る名盤”Tommy”をリリースします。通算4枚目のスタジオアルバムとなるトミーは、壮大なロックオペラというべき内容のアルバムでした。

主人公トミー・ウォーカーの物語をアルバムで表現するその手法は、ロックに深みを与える要素となりました。そして、同年のウッドストックに参加し、ザ・フーは名声を高めます。

そして、翌年の1970年にはライブアルバム”Live at Leeds”をリリースします。このアルバムは1970年2月のイギリスのリーズ大学でのライブの模様を収録したものでした。ザ・フーのライブでの実力の高さがよく解る、素晴らしいアルバムで、おすすめの1枚です。

1971年には、”Who’s Next”で全英1位を獲得し、アルバムの出来の良さもあって、ザ・フーの人気は頂点にまで達します。

そして、1973年にロックオペラ第2弾となるアルバム”Quadrophenia”(邦題四重人格)を発表しましました。個人的にザ・フーの中で最も好きなスタジオアルバムです。特に、オープニングの波の音から、名曲”The Real Me”のイントロに繋がるところは鳥肌ものです!

ロックオペラトミーの映画化によるゴタゴタや、マネージャーとの確執、キース・ムーンのアルコール依存症によってバンドは徐々に勢いを失っていきます。

そして、1978年9月、キース・ムーンはポール・マッカートニー主催のパーティに出席した翌日、治療のための薬剤の過剰摂取により、帰らぬ人となりました。享年32歳の若すぎる死でした。

ザ・フーは、ピート・タウンゼントを中心にその後も活動を続けますが、1983年に、ザ・フーは解散します。その後ザ・フーは、度々再結成したり、活動を休止したりしています。

キース・ムーンは、それまでのドラマーのイメージを覆すようなパフォーマンスで、同時代や後の世代のミュージシャンに多大な影響を与えました。キースの伝説は、ロック史にとって重要なエピソードとして語り継がれることでしょう。

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