ラヴクラフト全集と魔界水滸伝

1980年代に流行した伝奇小説の中に、栗本薫の魔界水滸伝がありました。僕がクトゥルー神話というものを初めて読んだのが、この小説が元で、元祖であるラヴクラフトの著作に触れることとなるのです。最近のマンガやゲームでもお馴染みのクトゥルー神話ですが、ベースになる話が書かれたのは20世紀初頭のことなのです。


1980年代の伝奇小説

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魔界水滸伝は、クトゥルーの神々と日本の先住者(天津神や国津神など)との戦いを描いた作品で、インスマウス人などの描写がトラウマもののインパクトがありました。

途中で栗本薫の現代でいうところの腐女子ぶり(当時はヤオイ)についていけなくて、10巻くらいで読むのを止めてしまいました。グインサーガなど栗本薫の作品は面白いのですが、ヤオイ要素だけは合わなかったです。角川出版だったので、漫画家の永井豪がイラストを書いていました。

お気に入りのキャラは、非業の死を遂げる白鳥夏姫です。魔界水滸伝の白鳥夏姫の表紙イラストは、永井豪のイラストの中でも白眉といえる出来です。

ラヴクラフト全集の狂気

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本屋でさっそくラヴクラフトの作品を探すと、2種類ありました。創元推理文庫の「ラヴクラフト全集」か青心社の「クトゥルー」です。中学生で中2病をこじらせていた筆者は、「ブラックの装丁が渋いぜ!」と呟き、レジのおねーさんに意気揚々とラヴクラフト全集を渡したのです。

帰ってから読んでみると凄まじく後悔しました。ハワード・フィリップス・ラヴクラフトという作家は、病的なまでに背景描写にこだわり非常に読み辛かったからです。

「インスマウスの影」は、意地でも読みきるつもりでページをめくっていくと、病的と思えた最初の背景描写のリアルさが恐怖をじわじわと助長していく効果に変わっていったのです。

手記を残した主人公が、インスマウスで体験する恐怖と、最後に自分自身もインスマウスの血を引いていたことを知るのですが、その描写が本来触れてはいけない禁忌を想起させました。

本編中一言もクトゥルーという言葉が出てきませんでした。1巻まるまる読んでみると病的なほどの狂気をはらんだ恐怖小説という印象でしかありません。しかし、独特の雰囲気と、現代のホラー小説にはない魅力を感じました。

「どこがクトゥルー神話やねん!」とツッコミ入れて、古本屋などで他の巻も探していき、5巻まで揃えることができました。当時は6巻がまだ刊行されていなかったと思います。

ハワード・フィリップス・ラヴクラフトについて

ハワード・フィリップス・ラヴクラフトは、1890年にアメリカ、ロードアイランド州プロヴィデンスに生まれました。神経衰弱により、学校を休学しがちだったラヴクラフトは、憧れていたブラウン大学への進学をあきらめます。

1914年頃(24歳)からアマチュア文芸家との交流(手紙のやり取りが多かった)により、同人誌に作品をちらほらと載せるようになります。パルプ・マガジンであるウィアード・テイルズなどに寄稿を始め、人気作家になりますが、生活は貧しく1937年に病死しました。享年46歳でした。


ラヴクラフトの作品は一人称が多く、人間には理解できない先住種族の「古きもの」とか別次元の「名状しがたきもの」が登場します。そのものずばりのタイトル「クトゥルフの呼び声」などはありますが、ラヴクラフトの作品内でクトゥルー神話と呼ぶことはありません。

ラヴクラフト本人は、天文学や、化学などに精通していて、想像力の高さにより、原型的恐怖を呼びさますようなコズミックホラーというジャンルを開拓しました。

作家のエドガー・アラン・ポーに多大な影響を受けていますが、ホラーは書いても推理小説などはまったく書いていません。冒険小説ともとれる「未知なるカダスを夢に求めて」なども書いてはいるものの、やはりホラーこそがラヴクラフトの真骨頂だと思います。

同じウィアード・テイルズの人気作家、ロバート・E・ハワードとの友情は有名で、コナン(ヒロイック・ファンタジーの開祖的作品)シリーズとクトゥルー神話を生み出したウィアード・テイルズは凄い雑誌です。

一方で当時のアメリカの白人ならではの人種差別や、偏食家で海産物嫌い(ダゴンなど海の怪物が登場することが多い)など、作品において好き嫌いがはっきり出るタイプでした。現代では、人種差別的な部分は好まれないでしょうし、筆者も嫌いなところです。

クトゥルー神話の懐深さ

一般的にクトゥルー神話として、まとめたのがラヴクラフトの弟子の1人であったオーガスト・ダーレスです。ラヴクラフトの没後の1939年に、出版社アーカム・ハウスを立ち上げて、ラヴクラフトの小説を刊行したり、クトゥルー神話として体系化していきました。

ラヴクラフトは、弟子や友人が自由に自分の作った小説世界を引用することを嫌わなかったのです。そのため、ロバート・ブロック(サイコの原作者)やロバート・アシュトン・スミスなどもクトゥルー神話を書いています。

ラヴクラフトの著作権に関するオープンな考え方は、確実にクトゥルー神話にとってプラスに働きました(某作家にも見習って欲しいです)。1980年代の日本の作家では、菊地秀行、栗本薫なども自由にクトゥルー神話を書いています。

今では、ゲームやマンガなどにもクトゥルー神話を題材にしたものも多いです。元祖であるラヴクラフトの著作も読んでみることをオススメします!

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ラヴクラフト全集と魔界水滸伝」への7件のフィードバック

  1. Molice

    WEB巡回中に、こちらの日記をお見かけしました。
    いくつか、気になった部分がありましたので、コメントを残させていただきます。

    >本編中一言もクトゥルーという言葉が出てきませんでした。

    東京創元社版の『ラヴクラフト全集』第1巻、P77、132、133をご覧ください。
    「インスマスを覆う影」では、4箇所、Cthulhuの語が使われております。

    >ラヴクラフトの作品内でクトゥルー神話と呼ぶことはありません。

    作品の中ではそうですが、彼が作中設定を整理していたらしい1931年頃、
    創作のための覚書や書簡において「Cthulhu & other myth クトゥルーその他の神話」
    「Cthulhu & his myth-cycle クトゥルーとその神話体系」という言葉が
    使われていることが近年、確認されました。

    >ラヴクラフトは、弟子や友人が自由に自分の作った小説世界を引用することを嫌わなかったのです

    彼のみならず、友人が考案した神や書物などを作中で使うことを「どんどん
    やりなさい」と手紙で奨励しましたので、嫌わないどころではありませんでした。
    ただ、同じ世界観を共有しているという意図は希薄で、設定をすりあわせようと
    はしなかったようです。

    返信
    1. dogearsite
      p90dogear 投稿作成者

      Moliceさん>>はじめまして、筆者のタケロクです。色々と鋭いご指摘、ありがとうございます。確かに「インスマウスを覆う影」にクトゥルー出てきてますね(汗)。
      ラヴクラフトは著作中に、クトゥルー神話と呼ぶことがなかったのは事実です。しかし、1931年の話は僕も興味深く思っています。
      ラヴクラフト本人は、クトゥルー神話の設定を作品上で体系化することがなかったのは、オーガスト・ダーレスと対照的だったので、あえて書かせてもらいました。
      ラヴクラフトや、クトゥルー神話に関わる作家で面白いのは、作品の数だけ様々な解釈やアプローチがあることです。懐の深いのが、クトゥルー神話の良さですね。

      返信
      1. Molice

        こんにちは。不躾なコメントにもかかわらず、素早い返答、ありがとうございました。
        (ブラウザを再立ち上げしましたら、返答が来ていたので驚きました)

        >ラヴクラフト本人は、クトゥルー神話の設定を作品上で体系化することがなかったのは

        この点につきましてもよく言われることですが、ダーレスの書いた作品を執筆順に読んで
        みますと、ダーレスも「体系化」的なことは特に行っていないことがわかります。
        彼がいわゆる旧神などの設定をこしらえたのはラヴクラフトの死後ではなく存命中で、
        ラヴクラフトはその作品を読んでいます。のみならず、旧き印(エルダーサイン)という
        魔除け的なアイテムについては、ラヴクラフトはそれが登場するダーレスの作品を読んだ
        直後に執筆した自作(「インスマスを覆う影」)に登場させてすらいます。
        ラヴクラフトはラヴクラフトで、ダーレスはダーレスで、自分の作品を自分の設定に基いて
        好きに書き、時々、互いの設定を取り込んだわけですね。
        では、誰が体系化を試みたのかといいますと、ラヴクラフトの熱狂的なファンであった
        F・T・レイニーやリン・カーターで、ダーレスは彼らがファンジンで発表した小事典的
        な文章をアーカムハウスの本に収録(青心社『クトゥルー』にも収録されています)。
        自身も、それ以後に書いた作品については、レイニーらのまとめた設定にすりあわせて
        います。このことから、少なくともダーレスに関する限り、自身が体系化した「公式
        設定」のようなものは特に意識していなかったようです。

        ちなみに最近、ダーレス存命中のアーカムハウスから本を出されていた複数の作家さんに
        お話を伺う機会がありました。ダーレスが前述の事典類を「公式」のものとして作家たち
        に推奨・強要することは特になく、ラヴクラフトの作品と矛盾する独自の設定をこしらえても、
        そのことについて指摘されるようなことは全くなかったとお聞きしました。

        このような感じで、ラヴクラフトとその周辺については世界中で、現在進行系で研究が進み、
        昔の本で解説されたような話がどんどんアップデートされているわけです。
        乱筆乱文、失礼いたしました。m(__)m

        返信
        1. dogearsite
          p90dogear 投稿作成者

          Molisさん>>再度の返信ありがとうございます。体系化したのは、F.Tレイニーとリン・カーターですか!
          てっきりオーガスト・ダーレスだと思っていたのですが、不勉強で申し訳ありません(大汗)。
          クトゥルー関連の情報は、どんどん更新されているようですね。
          こうやって、色々な作家に愛されているシリーズというのが、クトゥルー神話の良さだと思っています。
          僕は、1980年代の日本の作家から入ってきたクチですが、現在は、ゲームやアニメでクトゥルー神話に触れる機会があるので、そういった新しいファンにも、ぜひラヴクラフトの作品を読んでもらいたいです。

          返信
  2. Molice

    追記:
    改行位置がずれて読みにくくなってしまっておりますね。(汗)
    重ねて、大変失礼いたしました。m(__)m

    返信
    1. dogearsite
      p90dogear 投稿作成者

      こちらこそ、Moliceさんの名前を間違えて表記してしまいました。
      失礼しました。
      いいコメントをしてもらってありがとうございます。
      クトゥルー関連の情報は興味深いです。

      返信
  3. ピンバック: 青の騎士ベルゼルガ物語:白熱のボトムズスピンオフ! | K.T Dogear+

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