6月28日に封切られた『新聞記者』は、観にいきたかった映画の一つでした。東京新聞の望月衣塑子記者の『新聞記者』を原案にしたフィクション映画で、社会派映画でありながらも、エンタメ要素のある映画に仕上がっていました。
目次 記事の内容について
- 新聞記者を放映する意義
- 緊張感溢れる映画
- ここからネタバレあります
- フィクションと言い切れない苦い結末
- 俳優の熱意と演出の妙技
新聞記者を放映する意義
出典 https://shimbunkisha.jp/ アイキャッチ画像を含めて画像は全て公式ページより
杉原の家族
最近、残念なことがあります。新聞、テレビなどのメディアの腐敗した安倍政権への批判能力の無さ、ドラマ、アニメ、マンガ、音楽などの現政権に対する反感の少なさ、文化を担っている人達すらも忖度という言葉で流されていることです。
そんな現状に一石を投じる映画が、封切られました。『新聞記者』というタイトルで、社会派の作品ですが、エンタメ要素もある映画です。筆者ことtkd69は、1日の映画割引の日に、なんばパークスシネマの14:50の放映分を観てきました。平日の昼間でしたが、かなりお客が埋まっていました。
というのも、マイケル・ムーア監督の『華氏911』のようなドキュメンタリーとは異なり、原案となった東京新聞の望月衣塑子のノンフィクション『新聞記者』をベースに、エンタメ要素も盛り込んだフィクションとなっているからです。
そして、重要なのは、この作品のベースになっている伊藤詩織さんに対するレイプ事件や、森友、加計問題などの安倍政権の数々の横暴です。国家権力を使って、為政者が自分達の行ってきた犯罪行為を隠蔽するとどうなるか?末端の官僚の自殺や、メディアに対する圧力という形で現れてきます。
望月記者は、圧力に屈しつつある記者クラブの中で、菅官房長官に対して、真っ向から質問するなど、この国で数の少ない、まともなジャーナリストです。そして、そういった質問をしたせいで、質問を遮られたり、官房長官が答えなかったりと、民主国家とは思えない事態となっているのです。
本作、『新聞記者』は、詩織さん事件や加計問題をフックにしながら、ある陰謀について深く調査した新聞記者と、内閣情報調査室の官僚を描いた社会派作品です。特に国家規模の陰謀については、かなりフィクションの要素が強くなっていますが、森友、加計問題がベースであることは間違いなさそうです。
緊張感溢れる映画
真相に迫る吉岡と杉原
冒頭から流れる動画には、望月衣塑子、前川喜平、マーティン・ファクラーの対談から入り、その動画を自宅で眺める吉岡記者(シム・ウンギョン)と内閣情報調査室で見ている杉原(松坂桃李)が映し出されていきます。
杉原は、現政権(安倍内閣)にとって不都合な存在を、情報操作によって社会的に抹殺する汚れ仕事をしていました。内閣情報調査室(以下内調)は、いつの間にか、SNSやインターネットを使って、印象操作を行う組織に成り下がっていました。
元官僚の前川氏が受けた情報操作にも内調がからんでいたという噂があります。杉原は続いて、伊藤しおり(伊藤詩織)のレイプ事件を誤魔化すための指令を受けます。しかし、この工作は、完全に一般人に向けられたものであり、外務省から出向してきたばかりの杉原は葛藤します。
その一方で、吉岡は東都新聞宛に送られてきた羊の絵の書かれた怪文書を調査し始めます。それは、内閣府の行っている大学新設計画に関するものでした。そして、この問題を掘り下げようとしたところで、東都新聞のデスク(北村有起哉)は圧力を受けます。
明らかに政権にとって不都合な事案であることが解りながらも、調査を続ける吉岡と東都新聞のメンバー。そんな中、伊藤しおりの会見が行われ、被疑者(山口記者がモデル)が総理に近いジャーナリストという理由で、強姦事件を立件しなかったことが語られます。
男性ジャーナリストが、伊藤に冷笑を浴びせる中、吉岡はセクハラであることを指摘します。その場面を杉原は眺め、帰宅します。杉原の妻の奈津実は妊娠しており、もうじき子供が生まれる予定でした。杉原は、外務省時代の上司であった神崎(高橋和也)と飲みに行くことになります。
神崎は、杉原にとっていい上司であり、尊敬する先輩でした。杉原は神崎が数年前の事件で、罪を被る形で外務省から追われたことを悔やんでいました。
そして、神崎が内閣府の主導している大学の新学部開設のプロジェクトに関わっていたことを知ります。しかし、杉原にはこの案件は知らされていませんでした。そんな中、神崎が自殺するという事態になり、杉原は大学の案件に関わっていくようになるのです。
その一方で、吉岡はジャーナリストだった父が誤報によって自殺したことを思い出していました。神崎の葬式で、杉原と知り合い、2人は国家的な陰謀を調査することになるのです・・・。
今の時代に必要な社会派の映画を撮った意義は大きいと思います。実名とは違っていますが、東都新聞は東京新聞、伊藤しおりは、伊藤詩織、国会前のデモの様子もしっかり映画に使われており、国家的陰謀はもちろん、モリカケをベースにしています。
プロデューサーは河村光庸、監督は藤井道人、配給はスターサンズ イオンエンターテイメントです。安倍政権を批判することに及び腰な、空気の中で制作したことに、プロデューサーとしての河村光庸の力量には脱帽です。
難しい題材をここまでエンターテイメントとして緊張感のある作品に仕上げた藤井監督の手腕にも感銘を受けました。この作品の見所は、内調という巨大な組織の目をかいくぐって、国家的陰謀を記事にするというスリリングな展開です。
つまり、観客が映画に引き込まれる要素としての、緊張感の維持こそが、この作品にとってキモなのです。常に監視されているようなヒリヒリした臨場感が重要なのです。新聞記者の、113分はテンポ良く話が進行していくので飽きさせません。冗長な邦画とは一味違う切れ味を、この作品に感じました。
※ここからはネタバレあります。
フィクションと言い切れない苦い結末
https://www.youtube.com/watch?time_continue=3&v=zdPSidwlJ_I
公式トレーラー
吉岡は調査の継続をするうちに、自殺した神崎こそが情報提供者であると気付くようになります。そして、吉岡は杉原と国会前で再会し、2人は協力して大学新設の事案を追いかけることになります。
そんな中、吉岡は羊のイラストの書かれた文書を持って、神崎の家に向かいます。神崎の妻、伸子は吉岡を招き入れ、鍵のかかった神崎の机を調べるよう促します。そこで発見したのは、怪文書の元になった文書と、一冊の洋書でした。吉岡は、謎を共有するため杉原を呼びます。
杉原は、これが化学兵器の実験について書かれた本であることを指摘します。つまり、海外で羊が大量死した原因は、化学兵器が漏洩した結果だったというわけなのです。神崎は、過去に外務省で起こった、文書隠蔽問題をひっかぶり、家族を守るために内閣府に異動した経緯があります。
つまり神崎は、内閣府主導で行われている陰謀を看過できなくなったために、内部資料を流出させたのです。その陰謀とは、日本で化学兵器研究のための大学の新学部を作るということでした。
いうまでもなく、日本国憲法の規定した9条違反です。特にNBC兵器(大量破壊兵器)の研究、製造はこれまでタブー視されています。このうちのサイエンス、つまりマスタードガスなどの毒ガスの資料を神崎は、見たということになるのです。
もちろん、このままでは記事にはできません。というのも裏づけとなる資料がない限り、吉岡と杉原の推測にすぎないからです。そこで、杉原は内部資料を入手することにします。
杉原は、文書を入手するため、内閣府の資料を所持している外務省時代の先輩のオフィスに入り、文書を写します。吉岡が杉原の先輩を引き止めているギリギリのタイミングで、杉原はオフィスから出ます。
そして、東都新聞との打ち合わせの当日、吉岡と杉原は編集長に記事にできる裏づけが取れたことを報告します。しかし、その時にまた内調から圧力がかかってきました。吉岡が、化学兵器のネタを掴んだことを知っての圧力でした。
杉原は、自分の実名を公開してもいいので、記事にして欲しいと懇願し、デスクも腹を決めます。その結果、記事は東都新聞の1面に掲載され、他紙も追いかけることになります。
しかし、その一方で吉岡に対する圧力は強まっていきます。吉岡の父が、かつて誤報で自殺した過去まで週刊誌に掲載されてしまいます。そんな中、杉原は病院から退院した妻と子を迎えに病院に向かいます。
そして、1週間分たまったDMの束の中に、神崎の遺書のような手紙を発見するのです。ここで、杉原の気持ちが折れてしまったのではないでしょうか?というのも、杉原は、神崎が自殺ではなく殺されたのだと思っていました。その神崎が、自殺だった以上、杉原には家族を守ることが最優先となってしまったのです。
そして、吉岡の携帯に、電話がかかってきます。それは、父の記事は誤報ではなかったという匿名の人物からの電話でした。まるで、吉岡に対する死刑宣告のように・・・。
この電話を聞いて、吉岡はすぐに杉原に電話します。しかし、杉原は上司に外務省に戻ることを条件に、懐柔された後でした。そして、上司は「この国には見せかけだけの民主主義でいいのだ」と冷たく言い放つのです。
そして、国会前で杉原は、吉岡に一言、ごめんと謝ります(音声は無かったので推測)。この時点で吉岡の記事は父親と同じように、誤報として処理されることが決定してしまったのです。
ここで作品が終わってしまった意味は、この後の展開が吉岡にとって暗いものになるか、ならないかは国民やメディアしだいだからではないでしょうか?
終盤の杉原の裏切りにより、このまま真相が闇に葬られる可能性の方が高いのは、間違いないのですが、少なくとも総理の友達の新設した大学で、禁じられた化学兵器の研究が行われるという情報は流れました。つまり、この後のメディアの調査、国民の動きによっては、この流れを止めることも考えられるからです。
ただ、モリカケのようにあれだけ日本会議と安倍内閣が関与していたのに関わらず、まだ安倍政権が続いていることから考えると、吉岡は父親と同じ末路をたどる可能性は高いでしょう。つまり、この作品を受け取る我々が、問いかけられているのです。「あなたは、これがフィクションだと言い切れるのか」と。
俳優の熱意と演出の妙技
吉岡と編集長
吉岡のイメージは、間違いなく望月記者だと思います。女性の記者として、権力に敢然と立ち向かっていく姿勢は、この作品の原案となった『新聞記者』の著者そのものです。
吉岡を演じた、シム・ウンギョンは、アメリカに留学経験のある韓国の女優です。語学に堪能で、日本語も上手でした。英語の発音は、ネイティブのように聴こえたので、かなり英語のできる人だと思います。
次に、内調から情報をリークするようになる杉原には、松坂桃李が演じています。松坂は『侍戦隊シンケンジャー』のレッドでした。最近は、平成仮面ライダーシリーズや、スーパー戦隊シリーズ出身の俳優が増えてきました。
若手俳優として、徐々にキャリアを積んできた松坂桃李が、『新聞記者』に出演した意義は大きいと思います。本作でも、難しい役を見事に演じていました。
東都新聞の編集長に北村有起哉、そして、杉原の上司に田中哲司と、実力者が揃っていました。特筆すべきは、神崎役に『日本ボロ宿紀行』の桜庭龍二を演じた高橋和也です。この日本ボロ宿紀行は、毎週見ていたドラマでした。高橋和也は、桜庭とは全く異なる神崎という役を見事に演じていました。
また、望月記者や前川氏も何度か出てくるので、必見です。名優達の熱意ある演技と、ノンストップに展開される緊張感溢れる演出に、2時間はあっという間に過ぎます。
ぶっちゃけ、ノンフィクションだと思って観にいくというより、社会派エンタメ作品として楽しむ映画です。しかし、国会前の反安倍デモの場面があったり、詩織さんのレイプ被害や、モリカケなど現実にもリンクした話です。
安倍政権となってから、どんどん日本という国がおかしくなってきています。一般人を、内調が監視するなど、これまで無かったことが起きています。そしてメディアは、放送法を盾に、安倍によって牛耳られ、批判することができないような空気を作られています。
『新聞記者』は、こういった流れに敢然と立ち向かった、本当の意味での文化人によって生まれた映画です。全国130館で上映しているので、できるだけ多くの人に観て欲しい映画です。
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あらすじと解説を網羅し、安倍菅内閣の問題点や国民自身の課題を指摘した、素晴らしい記事でした。
1点だけ、杉原が神崎が殺されたと思っていた、という箇所は違うのでは。自殺の直前にかけてきた電話のやりとりからして、疑う余地はどこにもなかったかと。
ただ、何故あの想定内の遺書で動揺したのかは今一分かりませんでした。
これまた想定内の多田のアメとムチで心変わりしたのかもハテナ?でした。
義憤と記者への共感にかられて告発に及んだものの、実際に退院してきた妻子を抱えて国家と対峙しきれるのか、外国で暮らしてその重みから逃れる方が楽かな、と弱みの方が現実化したということなのかな。
この先、先輩のように罪の意識に苛まれることは間違いないのに。
でも、一度した覚悟を翻すことは、よくあることなのかもしれませんね。ヒーローにはなりきれない、そういう人間の弱さも問うているのかも。
最後の最後で、杉原が圧力に屈してしまった姿は、今の官僚の姿に重なって見えました。確かに、杉原はこれから罪悪感を抱えながら生きることになるでしょう。しかし、そういった生き方を強制してしまう日本のシステムに戦慄してしまいます。
最近の邦画の中で、はっきりと現政権にノーを叩きつけた素晴らしい作品で、ラストも考えさせられる結末でした。現実が映画のように展開していく中で、自分のできることを模索する日々です。