THE BAND 2

Rock名盤解説File23:THE BAND

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THE BANDといえば、デビューアルバムの”MUSIC FROM BIG PINK“と、1969年に発表したセカンドアルバム”THE BAND“が傑作であるといわれています。特に、ザ・バンドは最高傑作と呼ばれる名盤です。今回は、2枚目のセルフタイトル作、ザ・バンドについて解説していきます。

THE BANDの傑作アルバム

1971年のハンブルグ公演にて リヴォン・ヘルムが珍しくギターでリチャード・マニュエルがドラムを叩いている

以前紹介したミュージック・フロム・ビッグ・ピンクとセカンドアルバムの最大の違いといえば、勢いのある曲が多いことです。筆者は、レイドバックした雰囲気のファーストアルバムと、このザ・バンドは甲乙つけがたいと思っています。

では、なぜセカンドアルバムが最高傑作なのか?ということになりますが、アルバムとしての完成度の高さからくるものだと思います。ミュージック・フロム・ビッグ・ピンクのセッション当初、ボブ・ディランのバックバンドとしての活動途中で、バンドを一時離脱していたリヴォン・ヘルムが不在でした。

メンバー構成という点でも、ドラマーのリヴォン・ヘルムが最初から参加していたことは大きいです。リヴォン・ヘルムはドラマーとしての優秀さだけではなく、低域担当のボーカルとして不可欠な存在でした。

ザ・バンドは、高域担当のボーカル・ピアノのリチャード・マニュエル、中域担当のベース・ボーカルのリック・ダンゴ、そしてリヴォン・ヘルムによるコーラスワークこそが真骨頂だと思います。

よくライブで、ギターのロビー・ロバートソンがマイクの前で歌っていますが、マイクの出力はカットされています(笑)。これはロビーが、他のボーカル3人よりも歌が下手なのでとられた措置です。

この素晴らしいコーラスワークに、変態系テレキャスギタリスト、ロビー・ロバートソンのギターと、ガース・ハドソンの豊富な音楽的知識からくるオルガンがからむのです。

1971年のハンブルグ公演にて

ザ・バンドのメンバーは、リヴォン・ヘルムを除いて全員がカナダ人でした。1950年代後半に、ロニー・ホーキンスがアメリカでの活動に見切りをつけ、カナダで活動し、地元のバンドマンを集めて出来たのがホークスです。

そのホークスが、1964年にロニー・ホーキンスと絶縁し、ボブ・ディランのバックバンドとしてステージに立つようになりました。この頃には、活動の拠点はアメリカに移っていました。

1966年のボブ・ディラン隠遁時には、ウッドストック近郊に住んでいて、バンド名を性的な隠語にしていました。周囲には「あのバンド」と呼ばれていたために、そのままザ・バンドとなったのです。

ザ・バンドは通常のロックバンドのような派手なサウンドとは違い、アメリカのルーツミュージックであるブルースやカントリーをベースに、渋く丁寧に組み上げています。古き良き時代のサウンドを継承しつつも、ザ・バンド流に再構成した温故知新ともいうべきスタイルは、当時のミュージシャンに衝撃を与えました。

かくいう筆者(tkd69)も、アメリカのルーツ・ミュージックを真剣に聴くようになったのは、ザ・バンドのアルバムを聴いてからです。

1978年の解散ライブ ラストワルツ

1970年に発表された3枚目の”Stage Fright“は、”Time to Kill”や”The Rumor”などの佳作も含まれているのですが、全体として出来が悪くファースト・アルバムとセカンド・アルバムほどの傑作ではありません。

初期の頃のような傑作アルバムは、なかなか制作できずにいましたが、1975年発表の7枚目(スタジオアルバムとして6枚目)の”Northern Lights-Southern Cross“は、素晴らしい出来のアルバムでした。しかし、思っていたよりも売り上げは伸びず、セールス面では不調でした。

そういった点からも、ザ・バンドの最高傑作といえば、セルフタイトルのザ・バンドでしょう。インパクトという面では、クリーム解散のきっかけともいわれるミュージック・フロム・ビッグ・ピンクですが、アルバム自体の完成度はザ・バンドの方に軍配が上がると思います。

プロデューサーは、ミュージック・フロム・ビック・ピンク同様、ジョン・サイモンです。ジョン・サイモンは、ジャニス・ジョプリンとビック・ブラザー・アンド・ザ・ホールディング・カンパニーの名盤”Cheep Thrills”のプロデュースでも有名です。

レコーディングは、カリフォルニア州のハリウッド・ヒルズにある邸宅で行われました。このプール・ハウスに、8トラックの録音機材などがセッティングされたようです。

THE BAND解説

THE BAND 2

出典 https://www.amazon.co.jp/

1曲目の”Across The Great Divide“や、2曲目の”Rag Mama Rag“は、ノリのいい曲です。ミュージック・フロム・ビッグ・ピンクが、バラードの”Tears of Rage“から始まったのとは対照的です。

3曲目の”The Night They Drove Old Dixie Down“は、ザ・バンドのバラードの名曲です。”The Night They Drove Old Dixie Down”とは、簡単に訳すと「ディキシーが打ちのめされた夜」という意味です。

ディキシーとは、アメリカの南部諸州の通称です。南北戦争で敗れた南部の男の悲しみを歌詞にしています。”by may the 10th, but richmond had fall”とは、1865年の5月10日に南北戦争が終結し、南部の州都リッチモンドが陥落したことを書いた歌詞です(史実では4月3日に南軍がリッチモンドより撤退しています)。

メンバー5人中、4人がカナダ出身なので、この歌詞を書いたのは、アメリカ南部のアーカンソー州出身のリヴォン・ヘルムだと思います。曲のクレジットは、ロビー・ロバートソンのみになっていますが、メイン・ボーカルはリヴォンです。

ミュージック・フロム・ビック・ピンクでは、リヴォンとリック・ダンゴやリチャード・マニュエルとボブ・ディランの名前がちゃんとクレジットされていました。おそらく、このアルバムから作曲者クレジットに対してロビー・ロバートソンが強欲になっていったのではないでしょうか?

解散コンサートのラストワルツでのザ・ナイト・ゼイ・ドローヴ・オールド・ディキシー・ダウン

When You Awake“は、リチャード・マニュエルとロビー・ロバートソンの共作で、そこそこ明るい曲です。”Up on Cripple Creek“は、これもライブの定番曲となる弾けた曲で、初期の代表曲の一つです。

一筋縄でいかないのは、イナタいガースのオルガンのバッキングや、ポップコーンが爆ぜたようなロビーのギターなど、ザ・バンドでしか出来ないようなサウンドになっています。この曲もリヴォン・ヘルムのメイン・ボーカル曲です。

1970年にスタジオで収録されたアップ・オン・クリプル・クリーク この映像のロビーは珍しくエピフォンのリヴィエラを弾いている

6曲目の”Whispering Pines“は、これぞリチャード・マニュエル!といった感じのファルセット(裏声)でのボーカルの美しいバラード曲です。この曲のメロディラインや、ピアノでのバッキングなんかは完全にリチャードの曲っぽいのですが、なぜかロビーとの共作にされています。

前作、ミュージック・フロム・ビッグ・ピンクが好きなところは、繊細なリチャードのファルセットのボーカル曲が4曲と多いことです。ザ・バンドでもリチャードがメイン・ボーカルの曲は多いのですが、ファルセットの曲は1曲だけです。とはいえ、コーラスでの高域のファルセットは健在で、見事なコーラスワークでアルバムを彩っています。

7曲目の”Jemima Surrender“は、アップテンポのカッコいいナンバーで、この曲だけがリヴォン・ヘルムの名前がクレジットに記載されています。ここでもロビーとの共作となっています。

“I’ll bring over my fender. And I’ll play all night for you”とは、「俺のフェンダーをひっさげて、夜が明けるまで弾いてやるぜ」という意味です。とてもカッコいい歌詞だと思います。


8曲目は、カントリー調の”Rockin’ Chair“です。このアルバムのハイライトである、”Look Out Cleveland“は、ロック調の名曲です。ノリが良くいきなりサビから入ります。それに合わせてAメロの最初のパートのドラムが、ライドシンバルから入ります。

Bメロが、凪の部分で落ち着いたハイハットで刻んでいます。またAメロがくるとライドで勢いを出します。典型的な主題を先に持ってくる曲だといえます。ここでのリック・ダンゴのベースプレイは、この曲のグルーブを見事に支えています。

10曲目の”Jawbone“は、ザ・バンドらしい不思議なノリの曲です。ヘビーな歌詞に対して、曲調は暗く感じません。一種の突き抜けた諦観のようなもののある曲です。”The Unfaithful Servant“は、アコギとピアノがバッキングの中心の惜別の曲で、ロビーのトレモロピッキングのアコギによるリードが渋いです。

同じく1970年のスタジオセッションにて キング・ハーヴェスト

ザ・バンドの最後の曲は、12曲目の”King Harvest(Has Surely Come)“です。この曲もロビー・ロバートソンのみクレジットとなっていますが、ピアノのバッキングとメインボーカルを担当していることからリチャード主導で作られた曲のように思えます。

1970年のスタジオセッション(ウッドストック近郊と書かれています)の映像では、リチャードがキング・ハーヴェストを主導的に演奏していることが解ります。ロビーのギターは、珍しくフェンダーのテレキャスターではなく、ミニハム装備のエピフォン・リヴィエラ(おそらく60年代後期モデル)を弾いています。

簡単にクランチ気味のトーンからピッキング・ハーモニクスを弾いてしまうあたり、ロイ・ブキャナンの直系の弟子だけあってテクニシャンだと思います。この映像から解るのは、練られたスタジオセッションによる演奏技術の高さです。レコードと遜色ないスタジオライブから、何度もバンドでセッションしたことが伺えます。

作曲者クレジットの謎

ライブでのI Shall Be Released リチャードのファルセットが映えるボブ・ディランの曲

リヴォン・ヘルムが執筆し、1993年に出版された、ザ・バンドの回顧録ともいうべき”This Wheel’s on Fire: Levon Helm and the Story of the Band”(邦題『ザ・バンド 軌跡』)にて作曲者クレジットについての記述がありました。

ザ・バンドは、ミュージック・フロム・ビッグ・ピンクのときには、作曲者クレジットの全てにロビー・ロバートソンの名前はありませんでした。

※ミュージック・フロム・ビッグ・ピンクの作曲者クレジット

1.Tears of Rage ボブ・ディラン/リチャード・マニュエル
2.To King Come ロビー・ロバートソン
3.In a Station リチャード・マニュエル
4.Caledonia Mission ロビー・ロバートソン
5.The Weight ロビー・ロバートソン
6.We Can Talk リチャード・マニュエル
7.Long Black Veil M.ウィルキン/D.ディル(カバー曲)
8.Chest Fever ロビー・ロバートソン
9.Lonesome Suzie リチャード・マニュエル
10.This Wheel’s on Fire ボブ・ディラン/リック・ダンゴ
11.I Shall Be Released ボブ・ディラン(曲の提供)

※ザ・バンドの作曲者クレジット

1.Across The Great Divide ロビー・ロバートソン
2.Rag Mama Rag ロビー・ロバートソン
3.The Night They Drove Old Dixie Down ロビー・ロバートソン
4.When You Awake リチャード・マニュエル/ロビー・ロバートソン
5.Up on Cripple Creek ロビー・ロバートソン
6.Whispering Pines リチャード・マニュエル/ロビー・ロバートソン
7.Jemima Surrender リヴォン・ヘルム/ロビー・ロバートソン
8.Rockin’ Chair ロビー・ロバートソン
9.Look Out Cleveland ロビー・ロバートソン
10.Jawbone リチャード・マニュエル/ロビー・ロバートソン
11.The Unfaithful Servant ロビー・ロバートソン
12.King Harvest(Has Surely Come) ロビー・ロバートソン

こうしてみると、たった1年で作曲者の比率が不自然な程変わっていることに気付きます。ミュージック・フロム・ビッグ・ピンクでロビーが単独で書いたのはたった4曲、ザ・バンドでは8曲、残りの3曲がリチャードとの共作で、ジェミマ・サレンダーのみがリヴォンとの共作となっています。

リヴォンの回顧録によると、レコード会社側の戦略として1人のスターをクローズアップし、バンドを操りやすいようにするために、ロビーを主体にしようとしていたということらしいです。

これが本当だとすると、当時契約していたキャピトル・レコードはバカなことをしたと思います。ザ・バンドは5人の傑出したミュージシャンでしか生み出せないグルーブがありました。わざわざバンドの結束を乱すようなことをしたために、リヴォンとロビーの関係は年々悪化していきます。

一番酷かったのが、リチャードに対する扱いで、初期はリチャードのメイン・ボーカルの曲が多かったのですが、徐々に比率が減らされていきます。本来なら中域担当のコーラス要員であったリックが、リヴォンと同じくらいメイン・ボーカルを務めるようになり、年々ロビーのリードが長くなります。

ラスト・ワルツのボブ・ディランとザ・バンド

1970年代のリチャードは、酒とドラッグにのめり込み、生活が荒んでいたために、徐々にリード・ボーカルの出来ない状態になっていったということもあります。また、ロビーがバンドのメインライターであることは間違いなく、名曲”The Weight“や、”Up on Cripple Creek“などを生み出しています。

以前紹介したR.E.M.やレディオヘッドのように、メンバー全員をクレジットに記載することで、バンドのメンバーの取り分を均等にする手法もあります。というのも作曲者としてクレジットされていれば、印税が入るからです。

ザ・バンドは、1978年にラスト・ワルツで解散した後、ロビー抜きで1983年に再結成しています。メンバーの全員が、ロビーに対して複雑な感情を抱いていたという証拠のように思えます。

1986年にリチャードがツアー中に自殺します。残ったメンバーで活動を続けますが、1999年にリックも病死、ザ・バンドは再び解散します。2012年には、リヴォンも癌で病死し、現在はロビーとガースしか残っていません。

僕にとって、ザ・バンドとは理想のバンドです。メンバー全員が揃うと、信じられないような名盤を制作し、奇跡のようなライブを展開します。当時の流行とは違った個性により、多大な影響を与えたザ・バンドは今も語り継がれるバンドなのです。

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